過程と体験を失ってしまうこと

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物質社会において

現代においては物質社会で物や情報で溢れかえっています。

そんな中で暮らしていると本質というものがぼやけてくるように思います。

快適に、より便利になるように色々なものをプラスしてきました。その、プラスしたものがあたかも本質かのように錯覚してしまうのである。

道具というものは何かを補う物である。

人ができないことを行ったり、面倒だった作業を簡単にしたり。

つまり、人が本来行う作業を道具が変わって行うのである。それは、人がその作業によって得られるはずだった能力と引き換えに便利さを手に入れるのである。

道具が増えていくということは、人としての能力は下がってくるということである。

噛むということを助けるために調理し、消化、分解を助けるために栄養補助食品を作り、移動することを助けるために車を作った。

それが噛む能力、消化、分解能力、筋力を低下させる。低下したら、ますます道具に頼らなくてはならない。

そうすると、この道具の性能が高い方がいいものとなってくる。

この状態を続けていて健康になっていくだろうか。

健康とは内的環境の高い状態である。

負荷は与えないといけない。それによって、より過酷な環境に適応することができる。

つまり、健康とは道具をマイナスしていくことである。

いろんなものを引いてみる。残るのは自分である。

本質はあらゆるものをマイナスして行って最後に残るものである。

体験は身体感覚

健康はお金で買えないと言います。逆に言えば健康にお金は必要ないということです。

サバイバル登山家の服部文祥さんは

「体験を手放すとそれに伴う感情まで手放すことになる。体験とは身体感覚そのものである。」

と言っています。

私たちは道具を使うことで本来体験するはずだったものを手放したこととなる。

つまり、それに伴ったはずである身体感覚、感情を得られないまま結果を得るということとなる。

それが心身のアンバランスを生むのである。

人類が誕生して長い時間をかけてつくりあげた、心身のシステムは体験、過程を経て相互に上がっていくようにできているのである。

体験という体を通して体から教えてもらい気づき、気づいたこともとに新たな体験につなげる。このサイクルを繰り返すことで心身ともにバランス良く上がっていけるのである。

健康とは納得していること

結果が大切なのではなくて、結果に至るまでの過程で心身ともに納得すること。

この納得しているということが健康ということである。

この状態が内的環境の高い状態と言える。

健康は自分で手に入れるものです。

物質や情報もそれを手に入れるための過程がその人にとってのその価値を決めるのです。

価値は他人と同じではありません。

自分だけの価値を手に入れるために体験を手放さないで下さい。

この記事を書いた人
濱口貴洋

日本で数少ないWHO基準のカイロプラクター。
東京で修行を積み、地元高知に戻って自然との共存をモットーに、地元に根付いたヘルスケアを提供しています。

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