意味のないもの

世の中は意味のないもので溢れています。

意味のないものは認識すらできません。

しかし、それは私にとってという枕詞がつくわけです。

私にとって意味のないことでも、他の人にとったら意味のあることなのです。

私たちの脳はパターンを認識します。

パターンのないものは意味のないものとして、処理されないのです。

時間というパターンがあります。

時間は一定方向に流れるものでそれによって物事の予想ができたり、生き物が成長し、死ぬのです。

しかし、もしかしたら時間は一定方向に流れていないかもしれません。

行ったり来たりしているものを、脳内で処理して一定方向に流れているものとしているのかもしれません。

私たちの目に入ってくる刺激も全てが見えているわけではありません。

見えているように脳が辻褄を合わせてくれているのです。

ですので、常識では考えられないことも起こっているかもしれませんが、脳がいらない情報だと切り捨てているかもしれません。

結局私たちは自分の中で作り上げられた、ルールから外れることはできないのです。

世界を変えるためには自分のルールや枠を変えてあげることです。

世界は変わります。

それは自分が見て意味付けしている世界が変わるのです。

他人が見ている世界が変わるわけではありません。

そもそも、他人が見ている世界というものが「私が他人が見ていると思っている世界」ですから自分が見ている世界でしかないのです。

宇宙人も幽霊もタイムマシンもあり、肉体も自然も太陽もないのです。しかし、自分が見ている世界には肉体や自然はあり、宇宙人や幽霊はないのです。そもそも、宇宙人が物体で地球の物理法則に従っていて私たちが今持っている五感で認識できるという前提条件がおかしいのですが。

認識できるものだけが存在するわけではなく、存在はしているけれども今の私にとって認識しても意味がないので認識する必要がないということです。

固定概念というのは見えるものを見えなくしてしまいます。

たまには自分の固定概念について見直してみる必要もあります。

 

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濱口 貴洋D.C.
Doctor of Chiropractic Tokyo College of Chiropractic卒 カイロプラクティックは自然の法則に基づいた哲学、科学、芸術である。 カイロプラクティック独自の哲学を通じて考えてたこと感じたことを綴っていきます。
濱口 貴洋D.C.

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